時代小説の巨匠である、山本周五郎氏のおすすめの作品15選をご紹介させていただきます。
本名は清水三十六(さとむ)と言い、明治三十六年に生まれたことから、その名がつけられたようです。
また、小学校卒業後、東京で徒弟として住み込んだ質屋「山本周五郎商店」にちなんで、その筆名が付けられたようです。
20代前半に作家活動を始め、39歳の時に「日本婦道記」という作品が、直木賞に推されましたが、これを辞退しています。
その時の山本氏の言葉は、「読者から寄せられる好評以外に、いかなる文学賞もない」と発しています。
山本周五郎おすすめ15選をご紹介~反骨と意気地の姿勢を貫く~
そしてその後も多くの賞を固辞し、文芸評論家から、へそ曲がりを意味する「曲軒」と呼ばれています。
江戸の庶民を描いた人情物から、歴史長編まで作品は数多く、底辺に生きる庶民の側に立った、独自な作風で親しまれています。
そんな山本周五郎氏のおすすめの作品15選をご紹介させていただきますので、お楽しみください。
1、『日本婦道記』
強く逞しく、信念を持って筋を通す女性たちが、描かれている11編からなる連作短編集です。
選ばれながらも辞退した、直木賞史上唯一の作品であり、武家社会を家族の為に生き抜いた悲しくも美しい女性たちが描かれています。
人間とは勝手な生物であり、嫉妬が芽生えたり、思い上がりになった時に、所かまわず相手を誹謗中傷してしまうことがあるのです。
そんな世界を戒めるかのように、ここに登場する女性たちは、細かい気遣いや、苦難を乗り越えていく忍耐力、人を思いやり、幸せへと導くために謙虚に支える姿など、実に美しく描かれています。
ここがポイント
健気に生きた女性たちに光をあて、また彼女たちによって人間らしく生きた男たちを賛美する作品です。
2、『樅ノ木は残った』上・中・下
江戸時代の前期に仙台藩で起きたお家騒動を題材に、自らの命をかけて伊達62万石のお家安泰をはかった家老、原田甲斐の苦悩、そして孤独の中にも信念を貫く姿を描いた話です。
伊達家のお家騒動の発端が、実は幕府側の諸藩改易の意向にあると見抜いた家臣の原田甲斐が、藩の安泰の為にその生涯を捧げるのです。
そしてその過程で、敵の動向を探る為に、本心を隠してその一味に加わったように振る舞い、妻とも離縁し、朋友までもが疑念を抱いて彼の元を去ってしまうのです。
ここがポイント
ある時は権力の犬と化し、またある時は間抜けた昼行燈と誹謗されながらも、己の信念だけを頼りに藩を守ろうとする姿に真の英雄を見た気がします。
人としての強さの在り方を感じさせてくれる感動作品です。
3、『長い坂』上・下
徒士組の長男として生まれた、阿部小三郎の成長と出世を描いた話です。
下級武士の家に生まれた小三郎(後、三浦主水正)は、身分の違いから体験した理不尽な事件から一念発起して、上士が通う尚功館に入学します。
そして文武に才能を開花し、異例の出世を遂げるのですが、藩内の政争に巻き込まれてしまいます。
また、代々の城代家老である滝沢家に生まれ、才能豊かで将来を嘱望されていた荒雄(後の兵部)の挫折と対照的に描かれています。
ここがポイント
自分が凄いだけでは何事も成し遂げることができなくて、人と人との繋がり方が大事だという事を改めて感じさせてくれる作品です。
4、『一人ならじ』
己の信じる道を生きる無名の武士たちと、その妻の心ばえを描いた14編からなる短編集です。
現代から見ると滑稽なまでのひたむきさを感じてしまいますが、だからこそ、胸を打たれる思いがするのです。
我欲に生きている現代では到底納得できないと思うような、選択をしているのです。
ここがポイント
武士の凜とした生き方を、その当時の情景も絡めて、鮮やかに伝わる文章で伝えられていて、組織を支えるのは、ひた向きであって、地味でも、黙々と務めるひとり一人であることを教えてくれています。
日本人はこうありたいと思わせてくれて、明日も頑張ろうと思わせてくれる作品です。
5、『青べか物語』
小さな漁師町であった昭和初期の千葉県、浦安の人々の人間模様を33編からなる短編で描いています。
地名などの固有名詞は変えて、多少の脚色はしていますが、山本氏自身が実際に目で見たり、耳で聞いたものを基にして綴られています。
ここがポイント
のどかで活気あふれる漁村の風景と、そこで暮らす人々の凄まじいまでの生活が、リアリティ感たっぷりに描かれています。
石灰工場での劣悪な労働、赤子の妹を抱えた繁あねの過酷な人生、幸山船長の恋の話などが印象に残ります。
そして一癖も二癖もある地元住民に対する、山本氏の優しさと洞察の深さにより、彼らの過酷な生活も少しは中和されたのではないかと思います。
何とも言えない世界観と、そのテンポに知らず知らずのうちに、引き込まれてしまう作品です。
6、『赤ひげ診療譚1~7』
見習い医師の保本登が、赤ひげこと、新出去定先生との小石川養生所での出会いを通して、貧困に苦しむ人々に寄り添う医師へと成長していく姿を綴った8編からなる連作短編集です。
小石川養生所の医長である新出去定が、実は江戸に住む貧しき庶民たちの幸福を心から願う、人格者だと分かってくるのです。
人間の真理を鋭く説く、去定の言葉の一つひとつに登は感銘を受け、養生所で働くことに充実感を覚えるようになっていきます。
ここがポイント
人間社会において、また人生において、本当に大切なことは何かというメッセージが強烈に伝わってきます。
一人の若者が医師として成長する姿と、貧しくも懸命に生きる江戸庶民を描いた作品です。
7、『さぶ』
江戸下町の表具屋で働く、「さぶ」と「英二」の友情と試練、そして人情を情感豊かに描いた話です。
無実の罪を着せられ、怒りと絶望で憤った英二は人足寄場送りになるのですが、そこで出会った人たちとの交流を通して、成長していきます。
しかし、英二をいつでも支えているのは「さぶ」であり、寄場でも娑婆でも英二を支える、さぶの優しさに心が震えてしまいます。
そしてかって、英二を無実の罪に陥れた、事件の意外な真相が段々と判明していくのです。
様々な場面で、周りの人たちが英二を諭す言葉が心に響いて、生きる力を与えてくれているようです。
ここがポイント
人間は一人では生きていけない、多くの人の支えがあって生きていけるという事を改めて感じさせてくれる作品です。
8、『虚空遍歴』上・下
端唄の名人である中藤沖也がそこに飽き足らず、本格的な浄瑠璃にのめり込む様を描いた話です。
武士として生きることを止め、浄瑠璃という芸の道へ身を捧げ、芸を磨くために妻子を江戸に残し、上方へ旅立つのです。
しかし、見知らぬ地で、自分の芸が受け入れられることもなく、次第に心が荒んでいく沖也だったのです。
ここがポイント
何事も上手くいかず、病魔に侵されながらも、ストイックなまでに沖也節を追い求めていく姿には、鬼気迫るものを感じてしまいます。
そして何よりも、沖也を取り巻く二人の女性、江戸で待つ正妻のお京、そして沖也の端唄に魅了された、おけいが印象的です。
息苦しいほどの芸の情念に、圧倒されてしまう作品です。
9、『町奉行日記』
哀愁の絶妙な空気感が漂う、10編からなる切れ味鋭い短編集です。
厳しい困難や、思うに任せないことに直面しても、見苦しく逃げ回ったり、周囲に責任を転嫁したりはせず、毅然として、落とし前を付けようとする男女が描かれています。
人間不信になった時、嫌な人だと思う人の行動と言葉には、その人なりの苦労や悲しみがあるのであって、その人自体も苦しんで解決したいと思っているのです。
お金や権力に物を言わせて、悪事を隠し、正当化する暴挙がまかりとおる昨今だからこそ、身に沁みてしまいます。
ここがポイント
現代社会では見つけることが難しくなった生き方の手本が、ここにあるのです。
日本人の素晴らしく美しい精神を、読み手に吹き込んでくれる作品です。
10、『松風の門』
緻密な背景描写と奇抜な話の展開が楽しめる13編からなる短編集です。
山本氏のさりげない描写やその科白の数々は、登場人物の心の機微を上手く捉えていて、その場にその人がいるような情感が、リアリティたっぷりの迫力を伴って伝わってきます。
それは一つひとつの物語に現れる登場人物たちが、物語を動かす単なるコマではなく、確固たる意志を持ったひとりの人間として息づいているからなのです。
ここがポイント
人の役に立つ真の人間の姿、貫くと決めた人間の姿、生きる上ですごく大切な知恵を主人公たちが見せてくれます。
人情味溢れる物語が、たくさん詰まっている作品です。
11、『寝ぼけ署長』
警察署長が市内で起きた揉め事を解決していく10話からなる推理&人情話の短編集です。
鋭い推理力を持ちながら、いつも居眠りをしている警察署長の五道三省ですが、貧しい人の味方で人情に厚いのです。
ここがポイント
どの話も「罪を憎んで、人を憎まず」を地でいくような内容であり、根底に揺ぎ無い山本氏の人生観が伺えます。
署長は明晰な思考力で、事件の本質を見極め、長い月日を費やして事件を解決へと導いていくのです。
力のない弱者が狡猾な強者に痛めつけられた分、キッチリと道理を以って悪者を懲らしめるのです。
優しい気持ちを持つことの大切さを感じる作品です。
12、『雨あがる』
人生における人情の重要性が示唆された、余韻を残す5編からなる短編集です。
ここがポイント
人は何の為、誰の為に生きているのかという事を深く考えさせられ、優しく人を労わることは時には、人を苦しめることにもなってしまうという事もあるのです。
一見、矛盾するような話ですが、本作を読むと理解でき、社会は様々な人の寄せ集めで、成り立っていることが分かります。
一方で幸せであることは、他方では必ず不幸が存在しているのであって、他方の不幸を鑑みつつ生きていける人は、ほぼいないであろうと思われます。
とにかく胸が温かくなる、安らぎを与えてくれる作品です。
13、『柳橋物語・むかしも今も』
薄幸の中でも誠実に力強く生きる、人々の姿を描いた2編の中編集です。
生きるという事を、厳かに見つめ、人として大切なことが語られています。
苦難や苦悩を前向きに凌ごうとする市井の人々の強さは、絶えることのない人間の営みとして肯定されるのです。
ここがポイント
山本氏が一貫して訴え続けている、このような価値観は、時代が変わっても変わらない、普遍的な価値があるのです。
生きることの大切さを、とことん考えさせられる作品です。
14、『泣き言は言わない』
山本周五郎氏の数々の作品の中から、特に心に残る名言を集めた箴言集です。
貧しい者や罪深き者、絶望の淵にある者たちに寄り添った言葉が多いように感じます。
世間に埋もれるように、目立たずに生きている人たちの幸せや、生き方を、暗闇の中の一筋の光を指し示す言葉が、ここにあるのです。
ここがポイント
苦しくなった時に読み返せば、力強さのこもった励ましに勇気を与えられ、明日からまた頑張ろうと思えるのです。
日本人としての矜持や凛とした生き様に、勇気がもらえる作品です。
15、『栄花物語』
賄賂政治家として、悪名高い田沼意次親子を革新路線の政治家という視点で再評価し、保守の親玉である、松平定信らとの戦いを描いた話です。
田沼意次と言えば日本史の授業で学んだように、専ら悪者のイメージが強い印象がありますが、大局を見据え、進歩的改革を行おうとする不屈の姿勢はとても立派であり、四面楚歌の中、山本氏のような見方もできることが、とても新鮮な捉え方として頷けます。
歴史の顛末は変えようがありませんが、視点を変えることにより、事象の持つ意味までが、変わってくるので面白くなります。
市井の人々の生活もその改革に翻弄され、巻き込まれていきますが、改革する人間も、生活する人間も毎日をひた向きに必死に生きていったことは、変わらないのです。
ここがポイント
あえて史実を避けることで、創作の時代小説の面白さが堪能できる作品です。
まとめ
山本周五郎氏の作品のご紹介は、お楽しみ頂けましたでしょうか。
強い信念を持った山本氏の作品はその域に入り込むと、脱け出れなくなってしまいます。
まだ読んでいない作品がありましたら、是非この機会に読んでみて下さい。
あなたの読書の楽しみが広がりますよ。