心に深く染み渡る、辻仁成氏のおすすめの作品9選をご紹介させていただきます。
大学中退後の1985年に、ロックバンドの「ECHOES(エコーズ)」のボーカリストとしてバンドデビューします。
1989年に「ピアニシモ」という作品で、第13回すばる文学賞を受賞し、作家デビューを果します。
1991年5月に東京、日比谷野外音楽堂でのライブを最後に、10年に及ぶバンド活動に終わりを告げます。
辻仁成おすすめ作品9選をご紹介~繊細だけど力強い描写~
1991年から本格的に作家としての活動を始め、1994年、「母なる凪と父なる時化」で芥川賞の候補になり、「ミラクル」が、青少年読書感想分課題図書となります。
1997年、「海峡の光」という作品で、第116回の芥川賞を受賞し、同年、函館市栄誉賞を受賞します。
1999年には、「白仏」の仏語翻訳版で、フランスの五大文学賞の一つであるフェミナ賞の外国小説賞を日本人として、初めて受賞します。
2003に渡仏し、拠点をフランスにおいて、創作活動を続けています。
そんな辻仁成氏のおすすめの作品9選をご紹介させていただきますので、お楽しみ下さい。
1、『ピアニシモ』
心の荒廃した孤独な少年が自立する話であり、思春期の心情を痛い位、リアルに描いています。
転校生ということで、イジメの対象となってしまう主人公のトオルは、唯一歯向かえる人物は、母親であるのに、そんな母親にもちゃん付けで呼ばれることに、激しい憎悪を抱いていたのです。
ここがポイント
友達がいないという現実を紛らわすために、自ら、ヒカルという架空人物を妄想で作り出し、ヒカルに羨望を抱き、そして自分の姿を投影していくのです。
そんなトオルが、ラストシーンの手前で、伝言ダイヤルで知り合ったサキに言われた言葉で、同志の裏切りを感じると共に現実を突きつけられて、残酷な現実にも立ち向かって行かねばならないと決心するのです。
都会の空気感と、ほの暗い青春の時が伝わってくる作品です。
2、『そこに僕はいた』
辻氏が、幼少期から青年期までの出来事を18編のエッセイにまとめた作品です。
少年時代を過ごした土地で出会った初恋の人、喧嘩友達、読書ライバル、硬派の先輩、怖い教師、バンドのマドンナなど、生き生きと描かれるその人たちの姿は、エッセイというより、小説のようでもあります。
自分の少年時代を回想し、ノスタルジックな文体に酔いしれて、時折そのユニークさに笑ってしまいます。
学生時代は硬派に憧れて、硬派に生きていたと書いているのですが、孤立した少年を救った「あなたの友達より」と書かれた一通の手紙に泣けたりしていたようです。
僕には僕の時間が流れているように、世の中という川にもまた、様々な流れがあるのです。
ここがポイント
僕は確かにあの時あそこにいて、そしてあの時の友達は僕の中にいるのです。
そんな友達愛が溢れる作品です。
3、『海峡の光』
看守である主人公、斎藤が務める函館の刑務所に、小学校時代に自分を虐めていた花井が、収監されてくる話です。
18年前の陰惨な虐めの首謀者が、人生から転落し、罪を犯し、刑務所という籠の中で、当時と変わらない残忍さを秘めて何事かを画策しているのです。
以前と変わらず優等生であり、刑務所内では模範囚として、船舶実践研修を受けたりしているのですが、母親の面会時には冷たく対応し、平易な6級海技師試験に落ち、出所前に暴力事件を起こしてしまうのです。
また、仮出所の際には、看守の斎藤を殴り、取り消しを受けてしまうのです。
小学生時代から斎藤を虐め、傷害事件を起こし、受刑者となった花井の動機、刑務所の中に留まろうとする理由が見えてこないのです。
ここがポイント
花井は学校でも刑務所でも、統制された枠内で生きることしかできない人間であり、実に情けなく悲しく思います。
和解も決裂も無く、漠然とした諦念のようなものが広がる作品です。
4、『白仏』
明治、大正、昭和と3つの時代を生き抜いた、辻仁成氏の祖父の生き様を描くとともに、生、死、魂、輪廻、記憶といった、いかにも典型的なテーマを取り上げた話です。
死んだらどうなるかを考えた時「怖いものではない、死んだ者がみんな一つになり、子供達が完成した骨仏を祈りにくる」という安心を祖父は島民たちに残したのです。
ここがポイント
人の役に立ちたいという思いと、その思いを未来に繋げる仕事を生きている者に残したのです。
江口稔という人間は死んでも、目に見えない力が人々を動かしたのです。
心が浄化されていくような作品です。
5、『冷静と情熱のあいだ Blu』
時間を止めたフィレンツェの街で、過去の恋愛を抱えたまま生きる主人公の人生が、過去を未来へとつなぐ中世絵画の修復師という職業と重なり、時空をわたる壮大なロマンを感じさせる話です。
10年前に交わした約束の日が、近づいてくる中、期待と諦めが混ざり合いながらも、美化された記憶とともに、昔の恋人への想いが、日に日に膨らんでいくのです。
別れてから8年もの歳月が丹念に描かれていただけに、物語のピークを迎えた後はあまりにもあっけなく、隔てられた時間の残酷さを思ってしまいます。
ここがポイント
冷静と情熱のあいだという曖昧な境界線は越えられるようで、越えられないのかもしれません。
6、『嫉妬の香り』
主人公のテツシは、ミノリを愛しながらも、政野英二とミノリの将来の不倫に怯え、政野英二の妻の早希との関係に陥っていく話です。
この物語の中では、香りが、比較的重要な要素を占めていて、香水ではなく、ミノリの生の匂いに惹かれるところが、妙に艶っぽく感じてしまいます。
ここがポイント
早希の香りとミノリの香りは、対極的ですが、この物語の原点は嫉妬であり、嫉妬に怯え、嫉妬に狂い、そして破滅していくのです。
人間の欲望や心理描写を上手く描いているとは思いますが、どうも男性の弱さだけが、露呈されているように思います。
ピュアな恋愛を描いた作品です。
7、『サヨナライツカ』
日本に婚約者がいる身で、赴任したタイで出会った女性、沓子と火遊びのような恋に溺れ、二人の女性の間で苦悩する男、東垣内豊の話です。
人は二者択一を迫られた時、選ばなかった方が美化されて、心に残ることが往々にしてあるような気がしますが、結婚相手となると余計にそうなのかもしれません。
二人の女性の間で苦悩する豊、ありがちなストーリーのようで、悲恋の純愛物語に変わり、終盤の書簡のやり取りには涙を誘います。
最初は悪女のように思えた沓子ですが、一途に一人の男性を愛しぬく姿に、良妻賢母型の婚約者の光子よりも、惹かれてしまいます。
ここがポイント
器用に見えて、不器用に豊を愛していた沓子の姿に心を打たれる作品です。
8、『代筆屋』
小説家の主人公が、20年ほど昔に口コミで広がっていった「手紙の代筆」のアルバイトの内容を語っている、10編からなる短編集です。
青年が名も知らない想い人に宛てる手紙、わだかまりがあるままに別れてしまった相手に宛てる手紙、資産家の老人が家族へ宛てる遺書としての手紙等。
ここがポイント
人生のターニングポイントに立った人々を主人公が、手紙の代筆を通して、助けていく展開に、時に笑みがこぼれ、時にほろっと涙が出てきます。
ゆったりと、寛ぎながら、読んでいただきたい作品です。
9、『立ち直る力』
少し人生に疲れた時に、そっと立ちあがる勇気を与えてくれる、そんな言葉が綴られた短文集です。
辻氏が、息子さんに向けて書かれた言葉であり、うつむきそうになった時に、立ち直るヒントが書かれています。
たくさんの人に響く言葉の数々、応援メッセージであり、自分が負けたと思わなければ、負けにはならないのです。
小さなことにクヨクヨせず、大きな事なら諦めもつくのであり、所詮は、取るに足らない悩みだったのです。
自身の曲をパロったものもあり、面白く、人生の中の「頑張れ」と、「無理するな」の間のアドバイスだと思います。
ここがポイント
今のこのご時世、仕方ないことも、我慢しなくてはいけないことも多いですが、落ち込むだけ、落ち込んだら、昇るしかないのです。
まとめ
辻仁成氏の作品のご紹介は、お楽しみいただけましたでしょうか。
繊細かつ、力強い描写を感じたいただけたと思います。
まだ読んでいない作品がありましたら、この機会に是非読んでみてください。
読書の楽しみが、広がりますよ。