時代を別の視点から捉える、永井紗耶子氏のおすすめの作品8選をご紹介させていただきます。
慶応大学卒業後、産業経済新聞社の記者を経て、フリーランスのライターとなり、新聞や雑誌などで記事を執筆し、幅広く活躍していました。
また佛教大学の大学院で、仏教文化の修士号も取得し、2010年には、時代ミステリー小説「絡繰り心中」という作品で、第11回の小学館文庫小説賞を受賞しています。
永井紗耶子おすすめ8選をご紹介~やってみたいことをやり続ける~
同作を「恋の手本となりにけり」と改題して刊行し、小説家デビューを果します。
一日のルーティンは10時始業、18時終業という学生のような気持ちでいるそうですが、ずれこんで夜も仕事していたり、朝にもだらだらしたりすることもあるそうです。
2020年に刊行した「商う狼 江戸商人 杉本茂十郎」は細谷正充賞、本屋が選ぶ時代小説大賞、新田次郎文学賞を受賞しています。
2023年には、「木挽町のあだ討ち」という作品で、第36回山本周五郎賞、第169回の直木賞を受賞しています。
そんな永井紗耶子氏のおすすめの作品8選をご紹介させていただきますので、どうぞお楽しみください。
1、『恋の手本となりにけり』
若き日の遠山金四郎が、大田南畝、歌川国貞と共に吉原、花魁の雛菊の死の真相を探っていく話です。
探偵役は、もちろん金四郎なのですが、独特の冴えもなく、南畝先生に進捗状況を尋ねられる度に、「行き詰まりました」という言葉ばかりで、どうも頼りないのです。
ただ伝家の宝刀如く、武士の身分があるので、いざという時には、それを使って、なんとか切り抜けようと模索するのです。
ここがポイント
終盤には、真相が明らかになる展開が待ち受けていますが、花魁だ御職だなんだと、持ち上げられつつも、結局は見下され、使い捨てにされる遊女の身分、やはり悲しく思ってしまいます。
曾根崎心中の中のセリフ「恋の手本となりにけり」が、哀しい娘の意気地となった作品です。
2、『帝都東京華族少女』
舞台は明治39年、千武男爵家の令嬢の斗輝子と、帝大生の影森が夜会で発生した殺人事件に巻き込まれる話です。
参加した夜会で、起きた殺人事件の懐疑が祖父、総八郎に掛かると、自分を馬鹿にした書生の影森と共に斗輝子は、祖父の潔白を晴らそうと探索に乗り出します。
車夫や女中は従えているものの、自由奔放なお嬢様、斗輝子の行動が面白く楽しめます。
事件の真相には、華族故の暗闇が、隠されており、果たしてそこに踏みとどまらない一歩先の幸せを掴めるのか、一歩先には幸せはないのか、ハラハラさせられてしまいます。
ここがポイント
影森が斗輝子を邪魔もの扱いするのは、不思議でしたが、最後に明かされる種明かしで解明されます。
続編に期待する声が大きい作品です。
3、『横濱王』
青年実業家の瀬田修司が、原三渓の所縁のある人物を尋ね、三渓の人物像に迫っていく話です。
関東大震災という未曽有の大災害から、横濱の復興に力を注いだ大実業家である原三渓。
彼に取り入ろうと、自称、青年実業家の瀬田修司は彼の周辺人物に話を聞き、弱みを探ろうと奔走するのですが、いくら調べても、交渉材料となるような彼の醜聞の一つも見つからないのです。
それどころか探れば探るほど、原三渓という人物の類まれな崇高さを、崩すことは、出来なかったのです。
やがて電力王として知られる実業家の安永安左ヱ門の仲介により、瀬田は面会できることになります。
ここがポイント
そして貰った一言「あなたの天命を語りなさい。他の誰でもなく、己の王になりなさい」という言葉を貰い、目先のことしか見ていなかった自分に気付かされるのです。
原三渓の人となりに心打たれると共に、そこはかとなく香る横濱のモダンを楽しめる作品です。
4、『商う狼:江戸商人 杉本茂十郎』
江戸の流通改革を成し遂げた商人、杉本茂十郎の物語であり、世間からは毛充狼と畏怖された実在の人物の話です。
茂十郎の生きた時代は、権力者である幕閣の面々が、私欲に溺れ、商人たちもその権力におもねるばかりの世の中であったのです。
これが社会の衰退に直結していくことは、現代の日本を見ていても明らかであり、商人の誇りを持って、理想を持って疾走していく茂十郎の姿が痛快で堪りません。
しかしながら、そんな疾走も絶対的な権力の壁に逆らうことができず、破滅していってしまうのです。
ここがポイント
理想を追っていく姿と、権力者によって破滅した姿の両方を見せつけられて、何とも悲しい気持ちになってしまいます。
江戸時代の複雑で、忖度だらけの商人の世界が、リアルに垣間見える興味深い異色の作品です。
5、『大奥づとめ・よろずおつとめ申し候』
大奥のお仕事女子の6編からなる短編集であり、御手付きでない、多数派のお清たちの物語です。
大奥と言えば、将軍様の御手付きねらう女、或いは、御手付きになった女たちの愛憎劇という印象があります。
ですがこの話は、その他大勢のお清(きよ)たちのお仕事物語であり、主人公は(新人お清)奥女中の6名で、それぞれ一人称形式で語られています。
ここがポイント
語り手の女性たちには、皆それぞれに辿ってきた過去があり、引け目や負い目を抱えながら、大奥で働いているのです。
どの女性も皆健気であり、一番印象的だったのは、夕顔さんで、語り手ではないのですが、夕顔さんの白塗りの顔に笑いが止まらず、達観した信念に胸を打たれてしまいます。
愛想劇や陰謀劇ではなく、大奥で働く普通の女性たちの日常を優しく描いた素敵な作品です。
6、『女人入眼』
源頼朝と北条政子の娘の大姫を入内させるという命を受け、鎌倉に入った周子が、やがて目にする国の実権を巡る女たちの政争に絡む話です。
「過たぬのは過ちを認めぬから」という視点で、相当怖ろしい存在としての北条政子が描かれています。
ここがポイント
幕府と朝廷の権力争いに、誰が入内し、誰が皇子を生むかが、関わる時代に、女性の存在なしには政治は動かなかったのです。
大姫入内の準備のために、鎌倉に向かった女官、周子の目を通して、「善悪正邪は乱世に何ら意味はなさない。ただ強さにこそ治める力が宿る」時代に生きた人々の想いや苦しみが描かれています。
そんな中「勝ち負けで物事を見極めようとする己の軸が己の過ちであった」と気付く周子だったのです。
国作りの仕上げに入眼するに相応しい女人は、果たして一体誰であったのでしょうか。
7、『木挽町のあだ討ち』
木挽町のあだ討ちを目撃した、芝居小屋の者たちの語りから、事件の真相が明かされていく話です。
芝居小屋の裏で、父親を殺めた下男を斬り、鮮やかなあだ討ちが、息子の菊之助によって行われたのです。
あだ討ちから二年後に菊之助の縁者だという、一人の侍が、あだ討ちの顛末を知りたいと、芝居小屋を尋ねるのです。
ここがポイント
一章ごとに目撃者に一人ずつ、そのあだ討ちの様子を尋ねてまわる形式なのですが、聞き手がどういう人物なのか、何の目的でそんなことを調べているのか、分からないのです。
終章で真相が明らかになり、伏線回収の妙な唸り、ラストの締め方に心が震えてしまいます。
まさしくミステリーの驚きと、人間ドラマの感動が味わえる作品です。
8、『とわの文様』
呉服屋の粋な若旦那、利一と箱入り娘、十和の兄妹が織りなす3編からなる人情噺の連作短編集です。
呉服屋、常葉屋の娘である十和は、失踪した母の代わりに店を切り盛りしているのですが、兄の利一は商いの才もなかなかのものなのですが、面倒事を背負い込む達人なのです。
ここがポイント
呉服屋ならではの事件や、解決方法に十和の出自や、母の失踪を絡めながらの兄妹の温かな雰囲気が伝わってきます。
市井の人々が主人公なので親しみやすく、時代物に不慣れな方でも、読みやすくなっています。
タイトルに入っている文様は、キーアイテムというか、物語りのスパイスとして登場する感じの作品です。
まとめ
永井紗耶子氏の作品のご紹介は、お楽しみいただけましたでしょうか。
まだ読んでいない作品がありましたら、この機会に是非、読んでみてください。
読書の楽しみが広がりますよ。