54歳で急逝した芥川賞作家である、西村賢太氏のおすすめの作品8選を、ご紹介させていただきます。
西村氏は中学卒業後、港湾労働者、警備員などの肉体労働に従事し、生計を立てながらも、荒れた生活で家賃滞納などで住居を転々とする中でも、私小説を夢中になって読み耽るようになります。
29歳の時に小説家の藤澤淸造の「根津権現裏」という作品を再読し、救いとも言うべき天啓を感じて以降、没後も弟子を自認します。
西村賢太おすすめ作品8選をご紹介~私小説家として終える覚悟~
36歳で小説を書き始め、2007年に「暗渠の宿」という作品で、野間文芸新人賞を受賞し、2011年「苦役列車」で第144回の芥川賞を受賞します。
受賞時会見の「そろそろ風俗に行こうかなと思っていた」という発言が話題を呼んだことでも、注目されました。
現在の日本で唯一と言っていい、私小説作品を発表し続けていました。
まだまだ活躍が期待されていた、西村賢太氏のおすすめの作品8選をご紹介させていただきますので、お楽しみ下さい。
1、『どうで死ぬ身の一踊り』
大正時代の無頼派作家である藤澤淸造へのこだわりと、同棲する女性への暴力で、出来上がった3編が収録された話です。
中卒で女に縁がなく、風俗通いを繰り返し、自分の欲望を満たしてきた主人公が、中華レストランで働く女と出会い、アパート住まいを始めるのです。
そしてパート代と女の実家からの借金で、作家生活を細々と続けていくのです。
極貧生活と女への暴力、何度も女をたたき出すくせに、その都度探し出しては侘びをいれて、連れ戻すのです。
ここがポイント
その情けない繰り返しは、病的なまでのDV気質のなせるわざであり、これほどまでに自らの恥部をさらけ出した私小説も珍しいのです。
限りなく落ちていく様に、ある種の爽快感を感じてしまう作品です。
2、『暗渠の宿』
男の女に対する性(さが)、哀しく、切なく、醜く、情けなくて哀れなものを、これでもかと言うほど見せつけられる2編が収録された話です。
どう考えても、共感や同情できる人間ではなく、むしろ軽蔑され、面白くもない人間なのですが、何故だか、文中に引き込まれてしまうのです。
あまり、正直に私小説と言いながらも、実は客観的に自分を見ていることに、興味を引かれてしまうと言うことなのでしょうか。
それともセレブ生活を楽しんでいる小説家に対する反発なのでしょうか。
ここがポイント
古い時代に、破天荒で、破滅的な生き方をした小説家を思わせる、最後の作家なのかもしれません。
3、『二度はゆけぬ町の地図』
相変らずの破天荒な北町貫多(西村氏自身)の4編からなる私小説です。
中卒で家を出て以来、日雇い人夫で糊口を凌いでいたが、酒や風俗に蕩尽し、家賃滞納で、住居を転々とし、遅刻や無断欠勤で勤め先をクビになってしまうのです。
また、バイト先の社員を殴って、留置場行きになったり、下宿の家主と壮絶な神経戦を繰り広げるなど、救いのないド底辺の日々が描かれています。
自己中心的で、スケベで、社会に馴染めず、何かと失敗しては、逆恨みと後悔を繰り返す、北町貫多のゲズの極みのような生き様なのですが、何故か憎めなく、彼が吐き出す罵詈雑言についても、心地良く感じてしまいそうになります。
ここがポイント
全編に漂う、そこはかとない切なさに、涙が出そうになる作品です。
4、『小銭をかぞえる』
ひたすら自己中心的なDV男と、同居する女とのやり取りを描いた話が2編が綴られています。
毎度おなじみのパターンなのに、引き込まれてしまう面白さがあります。
クズっぷりを指摘されて、逆上した主人公が、繰り返す罵詈雑言には、よくぞそこまで言えるものだと、逆に感心してしまいます。
ここがポイント
それでも相手のちょっとした優しさにほだされたり、咄嗟の出来事に上手く対応できずに、つい声を荒らげ、その失態を繰り返そうとする不器用さには、可愛げさえ感じられます。
しかし本性は、筋金入りの自己都合主義者なのです。
2編の話は、ありったけの悪意を畳みかけるラストの凄味、そして我に返り感じる、焦燥に肌が泡立つような作品です。
5、『瘡瘢旅行』
お馴染みのDVダメ男、北町貫多の自覚的なひとりよがりが堪能できる、3編からなる短編集です。
どうしようもないダメ男なのですが、どこかいい意味でも悪い意味でも、人間らしさを垣間見ることができて、その先の言動に期待をしてしまいます。
しかしその期待も空しく、最後にはその期待もことごとく裏切ってくれるのです。
程度の差はありますが、相手との関係について、こういう損得勘定というか、計算をしながら、誰しも心の中で、駆け引きをしているのだと、思ってしまいます。
ここがポイント
何と呼ばれようと、どのように思われようと、自らの欲望と衝動に従う貫多に、ある意味羨望を抱いてしまう作品です。
6、『苦役列車』
西村氏自身の人生経験を原型として、社会の底辺にいる若者たちの孤独と、貧困について書かれた話です。
父親の犯した性犯罪のせいで、自分の運命を狂わされてしまった貫多がいたのです。
中卒で港湾労働という日雇い生活から抜け出せず、友達も彼女もおらず、酒に入りびたりな日々は、目標や夢といった希望の欠片もなかったのです。
充実した生活を送る、友達への嫉妬や僻みは痛々しく、まるで時代の影を映し出しているようにさえ思えます。
ここがポイント
リアルな実体験から描かれる物語は、底辺から這い上がった破天荒で、異端な若者ならではの染み付いた文体が味わえる作品です。
7、『疒(やまいだれ)の歌』
苦役列車の後日譚であり、西村氏初の長編作品になります。
心機一転して、19歳の貫多は横浜に居を構え、造園業の会社で働き始め、紆余曲折はあるものの、何とか職場にもなじみ、金銭的にも少し余裕ができるようになります。
少し大人になったと思っていたら、職場に事務員の女の子が、入ってきてから、全くいつも通りのぶち壊しの方向へと進んでいってしまうのです。
貫多はきっと、心の奥底には人恋しさや、人なつっこさを持っている筈なのに、自分ではてんで気付かなく、妙にこっちが切なくなってしまいます。
ここがポイント
見るに耐えないような痛々しい生き様描写は、相変わらずですが、それとは関わりなく、救われようとする秀逸な文章描写がまた、強烈な印象を残してくれる作品です。
8、『瓦礫の死角』
父親の件について触れている表題作、その続きとなるバイト先での恋愛と恐怖、世話になっている古書店の店主と藤澤淸造の直筆原稿を手に入れる話、マンションを引き払った後の話の4編が綴られています。
藤澤淸造への尋常ならざる思慕・傾倒が西村氏自身を救っていたことも良く分かります。
他の一切がどうでもよくなるほどの対象の人間に、出逢えた人生を羨ましくも思います。
ここがポイント
貫多のどうしようもないクズっぷりには、呆れてしまいますが、それがクセになり、根性のねじ曲がったところも次第に可愛く思えてくる作品です。
まとめ
西村賢太氏の作品のご紹介は、お楽しみ頂けましたでしょうか。
波瀾万丈な人生経験を送ってきた、西村氏だからこそ、その思いを作品にぶつけていたのです。