新たな試みへ果敢に挑む続ける、飯嶋和一氏のおすすめの作品8選をご紹介させていただきます。
1952年、山形県生まれで、大学卒業後、中学校教諭、予備校講師などを経て、執筆業に専念します。
1983年に「プロミスト・ランド」という作品で、第40回小説現代新人賞を受賞し、小説家デビューを果します。
また1988年には「汝ふたたび故郷へ帰れず」という作品で、第25回文藝賞を受賞しています。
飯嶋和一おすすめ作品8選をご紹介~歴史に埋もれた人物を描く~
2008年に刊行された単行本「出星前夜」は同年のキノベス1位となり、第35回大佛次郎賞を受賞しています。
このほか、「雷電本紀」、「神無き月十番目の夜」、「始祖鳥記」、「黄金旅風」等の作品を発表しています。
飯嶋氏は寡作で知られていますが、その作品は傑作揃いであり、評価は極めて高いのです。
そんな飯嶋和一氏のおすすめの作品8選をご紹介させていただきますので、お楽しみ下さい。
※キノベス:紀伊國屋書店の全書店員の人気投票によって、選考されるおすすめ書籍ベスト30のことです。
1、『汝ふたたび故郷へ帰れず』
歴史小説の名手である飯嶋氏の現代を舞台にした、中編1話と短編2話が綴られています。
表題作はミドル級のボクサーの新田が、挫折を味わい酒に溺れるのですが、再起を誓い、再びリングを目指す話です。
主人公の新田同様に痛みを知る周りの人たちが、深い信頼と愛を持ってサポートし、さらに故郷の島の記憶が新田を奮い立たせるのです。
ファイトシーンの場面では、思わずページをめくる手に力が入り、震えるほどの臨場感が味わえます。
そして、他に収録されている短編2話も珠玉であり、読み応えがあります。
ここがポイント
言葉にならない程の感動が、静かに体内を駆け巡る、傑作と呼ぶに相応しい作品です。
2、『雷電本記』
相撲人生21年間で、たった10敗しかしなかった史上最強力士、雷電為右衛門を通して、江戸後期の貧しい庶民の様子や、役人の派閥争い等を描いた話です。
時は天明、飢饉や疫病そして江戸の度重なる大火事等で、貧困に苦しむ民は、真っ向勝負で勝ち続ける雷電に喝采を送り、雷電は人々の希望となるのです。
ここがポイント
相撲の英雄の話でありながら、腐敗した幕府による、理不尽な社会に憤りをあらわにする弱者たちの叫びが聞こえてきます。
終生の友である、鍵屋助五郎ほか幾人も夫々の立場で、毅然と生きた気持ちのいい人間として描かれています。
このようにきれいに生きることが可能なのだという喜びが清水のように湧いてくる作品です。
3、『神無き月 十番目の夜』
江戸初期、常陸国北部の小生瀬村で起きた、一揆鎮圧の際の撫で斬り事件を題材にした話です。
旧態依然のまま、穏便に生きようとする住民と、土地と耕作者を全て把握せんとする為政者とのすれ違いが、村民皆殺しという悲劇的な結末へ至る様が、倒叙法的に描かれています。
直前まで、家族団欒で食事をしている様子も伺えた、村の風景がそこにはあったのです。
しかしながら、山中で鳥や野犬に食いちぎられた村人数百人の死体が見つかるのです。
ここがポイント
この大虐殺は何故起こったのか、誰の手によるものなのか、あまりにも凄惨を極める為、歴史の闇に葬られていたのでしょうか。
物の見方や考え方の転換期に起きた不幸な事件では片づけられない、胸を締め付けられる作品です。
4、『始祖鳥記』
天災や大飢饉、一揆などが勃発した江戸天明期に、日本で初めて空を飛んだと言われる鳥人、備前屋幸吉とその時代を共に生きた人々を描いた話です。
備前岡山の腕のいい表具師であった幸吉は、鳥が空を飛ぶメカニズムに興味を持ち、竹や紙、布で大凧を作り、自ら度々、空を飛んだのです。
やがてそれが噂となり、幸吉は政道批判の罪で、投獄され、所払いになってしまいます。
幸吉はただ空を飛びたい一心の気持だったのですが、庶民からは政道に立ち向かう英雄のように思われ、幸吉の知らないところでも、鳥人、幸吉の噂を聞いた人々が感銘を受け、世の中を変えようとする動きになっていくのです。
ここがポイント
熱き信念に貫かれた人々が続々と、始祖鳥、幸吉に魅惑され、自らのくびきを振りほどいていく様が、感銘を受ける作品です。
5、『黄金旅風』
江戸時代、2代将軍、秀忠から3代将軍家光の時代に移り変わろうとしていた時、長崎の朱印船貿易家の末次平左衛門とその親友である内町火消組惣頭の平尾才介の生き様を重厚に描いた話です。
朱印船貿易が段々と衰退し、鎖国政策へと切り替わっていく中、長崎奉行である竹中重義が職権を利用し、私腹を肥やし、密貿易や切支丹弾圧などを繰り返していくのです。
ここがポイント
このことに我慢ならない放蕩息子と呼ばれた平左衛門とその友、才介が、視野を遠くに据えて、民の為に行動していくのです。
圧倒的な考証と緻密な描写で、当時の貿易港としての長崎の町の空気感や、私心を持たず長崎の町と人を愛した平左衛門と才介の生き様、切支丹禁制下での人々の悲哀が、重く伝わってくる作品です。
6、『出星前夜』
1637年に勃発した日本歴史上最大規模の一揆であり、過酷なキリシタン弾圧に対する蜂起とも言われる島原の乱の要因から、戦いの全容を克明に綴った話です。
キリシタン迫害だけでなく、あまりにも酷い領民への酷使や、過重な年貢負担を課した松倉藩への反乱の経過を旧有馬藩士で庄屋の鬼塚監物と後に名医と謳われる南蛮人の血を引く北山寿安の二人の視点で、歴史の教科書では分かり得ない冷徹な島原の乱の全容が語られています。
ここがポイント
死をも恐れない強い心を持った村人と、名誉にばかり走る幕府軍の戦いですが、少しでも戦う方法が違っていたならば、幕府軍が負けていたのではないかと思ってしまいます。
絶望に抗う者たちの、死という唯一の希望を胸にした壮絶極まりない作品です。
7、『狗賓童子の島』
1837年に大坂で起こった大塩平八郎の乱から、1868年に起こった隠岐騒動までの激動の時代を、主人公で医者となる西村常太郎の視点を通して描いた話です。
常太郎は、父である西村履三郎が、大塩平八郎の挙兵に連座して起こした一揆の罪により、15歳で隠岐島に流されてしまうのです。
しかしながら、常太郎は悪政に苦しみ、飢餓に瀕した民を救おうと蜂起した者たちの縁者ゆえ、島民に畏敬の念を持って迎えられ、後に医師として島に根を下ろすようになるのです。
当時、天然痘と麻疹は多くの子供たちの命を奪う大敵であり、常太郎は漢方はもとより、オランダ医学も学び、牛痘種痘法を使って子どもたちへの感染を予防するのです。
そもそも諸外国との交易が、伝染病を拡大させたわけで、黒船来航に始まり、感染症の流行、御所炎上、諸国大火そして相次ぐ天災、元号を安政と改めても効果はありませんでした。
ここがポイント
王政復古と共に、新政府や長州藩、そして松江藩に隣接する鳥取藩との息詰まる駆け引きもまた、本作では克明に描かれていて、辺境から見たもう一つの明治維新のドラマが伺える作品です。
8、『星夜航行』上・下
三河武士の名家ながらも、逆臣の遺児という不遇の立場から、家康の嫡男である信康の小姓に取り立てられた恩を重んじて、武士を捨てた沢瀬甚五郎の一代記です。
信長→家康→信康という権力の順列に翻弄される姿は、社畜とも呼ばれる現代の企業戦士にも、近いところがありました。
全てのしがらみから逃れて、商人となった甚五郎だったのですが、新たな支配者である秀吉のもと、朝鮮征伐に巻き込まれていくのです。
老害と化した秀吉が、朝鮮を従属し、明の征服を宣言しても、誰一人、諫めるものがいなかったのです。
ここがポイント
秀吉の野望に振り回され、上に立つ人間の保身や怯懦の為に、たくさんの人が死に誰も幸せにならないという状況が現代にも通じているのではないかと思ってしまいます。
歴史の中で翻弄されながらも力強く生きる、人間の姿がリアリティ感タップリに描かれている作品です。
まとめ
飯嶋和一氏の作品のご紹介は、お楽しみ頂けましたでしょうか。
メジャーな歴史上の人物ではなく、その歴史を知るために無くてはならない人物が描かれています。
まだ読んでいない作品がありましたら、この機会に是非読んでみて下さい。