人間の巧みな心理を描く、白石一文氏のおすすめの作品10選をご紹介させていただきます。
大学卒業後、文藝春秋に入社し、週刊誌記者、文芸誌編集などを経て、1992年瀧口明の名前で投稿した「惑う朝」(応募時のタイトルは鶴)という作品で、第16回すばる文学賞の佳作に入賞し、作家デビューを果たします。
2000年には、白石一文名義で執筆した「一瞬の光」という作品で再デビューをします。
また、パニック障害を患い、一時期、会社を休職し、その後、復帰するのですが、退職して専業作家となります。
そして「ほかならぬ人へ」という作品が、第142回の直木賞を受賞し、父親の白石一郎氏に次いで、初の親子二代での直木賞受賞となります。
白石一文おすすめ作品10選をご紹介~男女の絆を描き続ける~
本を読むことは、経験の一つでしかなくて、内容もよく覚えていないことが多いそうです。
また、白石氏にとっては、本の力で人生が豊かになるとか、心が潤うといったことはあまりないそうです。
むしろ、自分という存在があることを納得させたいと思うときに、本というものが必要なんだそうです。
そんな白石一文氏のおすすめの作品10選をご紹介いたしますので、お楽しみください。
1、『一瞬の光』
大手商社に勤めるエリートサラリーマンの橋田が、一人の女性、香折との出会いにより、その人生を大きく変えていく話です。
不幸な生い立ちにより、今にも壊れてしまいそうな香折との関わりの中に、自分が求めていたものを見つけていくのです。
困難に積極的に関わっていく、責任感と行動力や、恵まれた容姿や知能を持った橋田が、大企業の権力争いや身内からの虐待、恋愛や友情などが絡んで、物語は展開していきます。
ここがポイント
丁寧な人物描写があり、そしてそれらが複雑に絡み合い、暗躍する心理表現が巧みな作品です。
2、『僕の中の壊れていない部分』
過去の出来事に対するトラウマを抱え、独特の思考と理論を持った雑誌の編集記者の話です。
仕事に忙しい日々を送りながらも、同時に3人の女性と関係を持ち、合わせて自宅マンションには、不定期に2人の男女が別々に出入りしている奇妙な設定になっています。
主人公の言動自体、なかなか共感や理解することは難しいのですが、やはり幼少の頃の経験が、その人のその後の人生や思考に、大いなる影響を与えていることが分かります。
ここがポイント
人間は、いろいろな想いを抱きながらも、日々を消化するように、生きていくしかないのかと、思ってしまう作品です。
3、『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 上・下』
胃ガンに苦しむ主人公が、人生の生きる意味を考える話です。
未来は変えられるものであり、ある程度決まっている運命はあっても、特に何も考えずに流れのまま、生きていたら決まった運命になってしまうのかもしれません。
でも、その時その時で、自分の頭でよく考え、行動すれば、未来は変えられるのです。
ここがポイント
考えることは、誰もがしているけれど、考え抜くことができる人は、案外に稀なのです。
とても堅い論調で語られていますが、落としどころは流石に的を射ている作品です。
4、『ほかならぬ人へ』
不器用な男女が、報われない恋愛に四苦八苦する2編からなる中編集です。
表題作と「かけがえのない人へ」の2話が入っていて、どちらも不倫にまつわる話です。
作者が描く市井の人々の、ひとかたならぬ男女関係には、いつも共感を覚えてしまいます。
そもそも自分なんていうものは、存在しなくて、存在するのは、相手の目に映る自分であり、相手が感じる自分、相手が考える自分だけなのです。
ここがポイント
愛したい人と愛されたい人が同じであるなら、こんな幸せなことはなくて、葛藤があるからこそ、恋愛や人生が楽しくもなるし、辛くもなるのです。
自分にとっての大切な人のことを考えてしまう作品です。
5、『翼』
自分にとっての運命の人、生き方、死に様を様々な場面で、考えさせらる話です。
共感したり、できなかったりと、たくさんの感情が溢れてきます。
運命の人と共に歩んでいきたくても、周りを振り切って、自分の幸せだけを追求できない人もたくさんいるのです。
ここがポイント
人の行動は、知性や理性で動くのではなく、本能で行動しているから難しいのです。
生き方について、深く考えるための要素が、散りばめられた作品です。
6、『火口のふたり』
かって愛欲に溺れた、いとこ同士が再会して、またしても肉欲に溺れていってしまう話です。
とてもきわどい危険さがあり、近親相姦に近い、いとこ同士の関係が赤裸々に描かれています。
欲望の赴くままに、お互いを貪り合う様子は、背徳を感じるものがあるのですが、この物語には、ただ本能しか感じません。
刹那的で自分の欲求のみに、のめり込み、愛があるからというよりも、身体の相性が故に濃密に交わり合っているとしか思えないのです。
ここがポイント
身体を支配し合う共依存のように見えて、魂の繋がりを感じてしまう不思議な作品です。
7、『快挙』
一組の夫婦の運命的な出会いから、様々なことを経て、中年にさしかかるまでを描いた話です。
出会いから結婚をし、そして数年が経過してしまうと、夫婦間の感情は全くの別ものになってしまうことがあるのです。
お互いを支え合って、尊重し合うはずが、感情がうまくコントロールできずに、疎遠にさえ、なっていいってしまうのです。
しかし、夫婦共に心に罪を背負い、また時には互いに助け合い、また疑いながらも、恋愛や病気や生活の問題を超えていかなくてはいけないのです。
ここがポイント
人生にとっての快挙とは何か、自分にとっての快挙とは何かを考えさせてくれる作品です。
8、『光のない海』
個人と社会の狭間にある、孤独を描いた話です。
とある企業の社長という地位にありながら、何かしら満たされない欠落感を抱える主人公の背景が少しずつ、淡々と明かされていきます。
随所にあきらめの気持ちが滲み出るような文章であり、人生の終盤に向かっての死生観が、寂しくも描かれています。
困っていそうな人に、手を差し伸べたくなってしまうのは、きっと主人公自身が、心に空白を抱えているからなのでは、と思ってしまいます。
ここがポイント
生きることの虚しさ、困難さ、そして絶対的な孤独感に溢れるも、どこかに一筋の光が垣間見れるような世界を、丹念に紡いだ作品です。
9、『一億円のさようなら』
夫の鉄平は、妻の夏代に高額な隠し財産があることを知り、夫婦の有り方を考え始めるのですが、それと同時に子供たちの事情も聞かされ、驚愕してしまう話です。
私は資産を「ないものとして生きてきた」から、夫に報告する必要がないと思っていたという妻、夏代の主張も、「資産のことを知っていれば、お金が無くて犠牲にしてきたものを犠牲にせずに済んだ』という夫、鉄平の主張も理解できます。
ここがポイント
堅実で地に足の着いた人生を送っている鉄平の分岐点には、必ずといっていい程、大金が絡んでいたのです。
50歳を過ぎてから、こんな冒険ができるなんて、なんて素晴らしいのかとも思ってしまいます。
お金だけが、人生ではありませんが、お金があるからこそのストーリー展開であり、平凡な幸せにしがみ付いている身としては、少し羨ましさを感じてしまう作品です。
10、『投身』
登場人物全員が、社会的な安定と自立を確立しているかの如く、生きているのですが、実はそれぞれの煩悩に縛られているということを描いているような話です。
主人公は品川区内で、ハンバーグとナポリタン専門のレストランを経営するアラフィフの女性の旭。
不動産会社の元社長や、義理の弟との交流の中で、醸し出されていくどこか不穏なものが、段々と物語を圧迫していくのです。
ここがポイント
旭の強かな男性との乾いた交際の着地点は一体どこにあったのでしょうか。
そしてこの物語の真の主役は、誰であったのか、ラストに至って逆転してしまうのです。
凄味を感じてしまう作品です。
まとめ
白石一文氏の作品はお楽しみいただけましたでしょうか。
まだ読んでいない作品がありましたら、是非この機会に読んでみてください。
人生観が変わるかもしれません。