人間模様を生き生きと描く、大島真寿美氏のおすすめの作品8選をご紹介させていただきます。
高等学校在学中より、脚本の執筆を開始し、短期大学卒業後、1985年から劇団「垂直分布」を主宰し、脚本・演出を担当していました。
その後、小説家へ転身を図り、小説家の山田正紀氏の助言のもと、各新人賞への応募を開始します。
1992年、「春の手品師」という作品が、第74回の文學界新人賞を受賞し、作家デビューを果します。
大島真寿美おすすめ8選をご紹介~繊細な表現と細やかな筆致~
同年、すばる文学賞で最終候補となった「宙の家」が、初の単行本として発売されます。
大島氏は幼い頃から、ジャンルにこだわらず、幅広く本を読まれていたようで、大人の女性たちの人生模様から、若い世代の成長まで、幅広い作品を発表しています。
2019年、「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」という作品で、第161回の直木賞を受賞します。
そんな大島真寿美氏のおすすめの作品8選をご紹介させていただきますので、お楽しみ下さい。
1、『宙の家』
マンションの11階に住む家族の話であり、女子高生の雛子の視点から自室内での出来事が主体的に描かれています。
苛立ちを隠せない母親、認知症が始まった祖母、パソコン通信に夢中の弟、大黒柱である父は単身赴任中。
ここがポイント
母の怒りや文句に淡々と接している雛子には、感心してしまい、のほほんとしているようで、祖母に対する観察眼は鋭く、部屋の空気を敏感に読み取っていたのです。
祖母の認知症が始まって、今までの家族バランスが微妙になり、弟の友人の兄で、引きこもり気味な人と交流する羽目にもなってしまうのです。
それらの事柄をとおして、家族のあり方や、老い、死、生に焦点を当てている作品です。
2、『虹色天気雨』
幼なじみの奈津の夫の憲吾が、ある日預金200万円を引き出して、突然出奔したため、市子が奈津の娘である美月を2日間預かるところから話は始まります。
憲吾の失踪を巡って話が展開するのかと思いきや、そうでもなくて、30代に入った女性たちのあれこれと暖かい関係だけが、浮かび上がってくるのです。
多感な年ごろの娘である美月の方が、むしろ大人びていて、しっかり周りを見ているところが印象的です。
ここがポイント
湿度低め、温度高めの人間関係にとても憧れてしまいます。
みんなそれぞれの世界で頑張り、でも、たまり場のような空間に常に片足を入れていて、力を得たり、心を包んでもらったり、少し寄りかかったりしながら、また、いつもの世界に出ていくような作品です。
3、『ピエタ』
18世紀のヴェネツィアを舞台に、ピエタという孤児院で育ったエミーリアという女性の人生を描いた話です。
司祭にして偉大な音楽家であるヴィヴァルディの客死から物語が始まり、かつて彼が音楽教師を務めたヴェネツィアのピエタ慈善院で育ち、現在もそこで暮らすエミーリアは、彼の楽譜を探すことを依頼されるのです。
ここがポイント
物語は彼女が徒歩とゴンドラで行ける範囲でしか展開しないのですが、過去と現在を自在に行き来する一人称と相俟って、長い旅を同行しているかのような感覚に陥ってしまいます。
音楽というものが育てる、胸の中の黄金、大切なのに実感し難いそれを、大切な人との思い出を媒介として、共有する得難い経験をした様に感じる作品です。
4、『ゼラニウムの庭』
双子として生まれ、一人だけ成長が、普通の半分のスピードでしか進行しない、妹の嘉栄のことを、双子の姉である豊世の孫、るみ子が語る話です。
嘉栄の周りの人は、普通に歳を重ねて、結婚したり、子を産んだり、そして死を迎える、しかし、自分は人の倍の時間がかかり、置いてきぼりにされたような数奇な運命を背負っていたのです。
切なくて、人を好きになっても添い遂げることが出来ない自分、歳をとらないという流れない時間、周りは普通に年齢を重ねて流れていく時間の両方が、描かれていて不思議な空気が漂ってきます。
少し怖くて、秘密めいた部分も手伝って、全体的に暗めでもあり、時間というものを扱った哲学のようにも感じでしまいます。
ここがポイント
命というものを織り上げていく、深いテーマの作品です。
5、『あなたの本当の人生は』
新人作家の國崎真美、彼女が敬愛するファンタジー作家の森和木ホリー、そしてその秘書の宇城圭子の三人をとおして「書く」ことの真実が語られる話です。
年老いた作家であるホリー先生と、その秘書、弟子入りした新人作家、担当編集者の人生が描かれています。
「あなたの本当の人生は」という問いかけが、この物語の方向を変えていくのです。
現実と空想の世界が交錯しますが、彼らが送る人生はとてもリアルであり、コロッケを作って皆が喜んで食す場面はまさにそう思います。
ここがポイント
書くことに執着した女性を描き、物語の力強さが、人生を支えていることを実感させてくれます。
狂気と歓喜が霧のように立ち込める作品です。
6、『ワンナイト』
「ワンナイト」の合コンに集う6名が、それぞれの視点で、どうして合コンに参加したのか、参加した後どうなったのかが語られていく話です。
それぞれ事情も思惑も違う中で、合コンを機に、それぞれの人生の歯車が動き出していきます。
とあるステーキハウスで開かれた合コンは、真剣に結婚を考える人だけ・・・のはずが、それぞれにいろんな事情を抱えていて、でもこの一夜を切っ掛けに、みんな少しずつですが人生が変わっていくのです。
ここがポイント
自分たちが今、こうしている現実は、自分だけでなく、周りの人全てが、何気なく選択した結果だったのかもしれません。
どれが転機だったのかさえ分からない程、膨大な選択の日々が無意識な為されているからこそ、人生は面白いのです。
7、『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』
江戸時代中期、大坂、道頓堀を舞台に人形浄瑠璃作家である近松半二の生涯を描いた話です。
父親から近松門左衛門の硯を譲り受け、近松半二と名乗り、操浄瑠璃の立て役者へと駆けあがっていく男。
幼い頃から、父と共に浄瑠璃に魅せられ、家を出た後は道頓堀の芝居小屋に居場所を見つけ、貧乏でも浄瑠璃さえあれば、生きていけるほどの好事家だったのです。
その彼が「妹背山婦女庭訓」を書き上げ亡くなるまでを、判二とお三輪の目線から、描いています。
ここがポイント
好きという強い想いが、まさに渦のような推進力を持ち、様々な人も巻き込んで、名演目が作られていく様には、感動さえ覚えてしまいます。
作品は観客によって育てられると感じると共に、渦に巻き込まれてしまうような作品です。
8、『たとえば、葡萄』
「虹色天気雨」の第三弾であり、28歳で大手化粧品会社を辞めた美月だったのですが、途端にコロナ禍に突入し、自分らしい生き方を改めて考える話です。
仕事を辞め、母の親友である市子の家に転がり込んだ美月は、子どもの頃からよく知っている人生経験豊かな大人たちに囲まれて過ごしていきます。
衝撃的に会社を辞めた美月が、母や自分の友人や、繋がりを持った人たちの仕事観や生き方に、時には意地になってでも、プライドを守りつつ、考えを受け入れ、自分なりの生き方を手繰っていくところが、素晴らしく思います。
ここがポイント
そして、何といっても、作中の「たとえば、葡萄」というワードの登場が絶妙の一言に尽きます。
大人の自立と、これからの生き方を問う作品です。
まとめ
大島真寿美氏の作品のご紹介は、お楽しみいただけましたでしょうか。
文章の繊細な表現を、感じ取っていただけたかと思います。
まだ読んでいない作品がありましたら、是非この機会に読んでみて下さい。