本屋大賞を受賞した2004年の第1回から、2021年の第18回までの18作品をご紹介させていただきます。
本屋大賞はNPO法人本屋大賞実行委員会が運営する文学賞であり、2004年に設立されました。
一般の文学賞のように作家とか文学者、文学評論家は選考に加わらず、新刊を扱う書店員の投票により、ノミネート作品や受賞作品が決定されます。
本屋大賞受賞、歴代18作品をご紹介~本当に心底から楽しめる読書を~
この賞は「全国書店員が選んだいちばん!売りたい本」をキャッチコピーとして掲げられていて、書店員こそが、最もよく本を知る立場にあると位置づけています。
また、本屋大賞には複数の部門があり、それぞれの対象作品や選出方法が異なり、受賞者にはクリスタルトロフィーと副賞として10万円分の図書カードが授与されます。
そんな本屋大賞を受賞した、当初からの歴代作品をご紹介させていただきますので、お楽しみ下さい。
1、2004年受賞『博士の愛した数式』小川 洋子
80分しか記憶がもたない老数学者(博士)と、彼の世話をする私(家政婦)、そして私の息子である(ルート)との心温まる話です。
博士、私(家政婦)、私の息子(ルート)の3人のお互いを思いやる日々に、穏やかさを感じてしまいます。
三者はそれぞれに、相手に欠けている(もしくは相手が求めている)部分を相互に補う存在であり、本作に記載されている友愛数のように、相性の良い関係性にあり、そこに心地良さを感じるのです。
人は誰もが、完全数のように独立して生きることはできず、支えあっていく必要があるのです。
ここがポイント
かなり難解な数学の理論を題材にしながらも、登場人物たちの尊敬を含んだ危うくて美しい人間関係が、見事に描き尽くされている作品であり、数学が苦手な方でも、十分に楽しめます。
2、2005年受賞『夜のピクニック』恩田 陸
学校生活最後の24時間かけて80Kmを歩くという、なんとも過酷な伝統行事である「歩行祭」に挑む高校生たちの話です。
ひとり一人が様々な想いを抱えながら、80Kmの距離を歩き続けるのです。
高校生という多感な時期に、彼らは彼らなりのベストを尽くすべく、考えるのです。
時に大人たちは彼らをまだ子供だと思うかもしれませんが、彼らは周りが思っているよりもずっと大人であり、真剣で一生懸命なのです。
振り返った時にできた足跡、そして、その記憶が人生を輝かせるのです。
ここがポイント
歩行祭という非日常を通して、日常とは異なる人間関係を新たに築く様子が、詳細に描かれている作品です。
3、2006年受賞『東京タワーオカンとボクと、時々、オトン』リリー・フランキー
リリー・フランキー氏の実話をもとにした家族の話です。
福岡の市街地である小倉と炭鉱で栄えた筑豊で育った主人公の少年。
自分が恥をかくのはいいが、他人に恥をかかせてはいけないという、母親の教え。
子どもの頃には母親に反抗していた主人公も、やがて大都会で母親と暮らすようになり、その愛をかみしめていきます。
ここがポイント
そして母親がガンに蝕まれ、衰弱していく姿を見守る主人公の哀しみ溢れる心情に、とても感動してしまいます。
もっと母親に生きて欲しいと願う気持ち、産み育ててくれた感謝の念が、押し寄せてくるのが分かります。
この作品で、誰もが絶対に避けることが出来ない母親を喪う哀しみを思い知らされ、母親を大切にしようという気持ちがさらに強くなります。
4、2007年受賞『一瞬の風になれ』佐藤 多佳子
長年続けたサッカーを諦めた高校生の神谷新二が、幼馴染で天才的スプリンターである一ノ瀬連と陸上部に入り、インターハイを目指す姿を描いた話です。
天才的なサッカー選手の兄、天才的なスプリンターの友人、そんな天才二人を近くで見てきた新二が高校で陸上デビューを果すのです。
不器用な新二が短距離という舞台で、努力して這い上がろうとする姿が、事細かに描かれています。
ここがポイント
目指すものの為なら、どんな厳しいことにも挑んでいく新二が、やる気ゼロの親友を鼓舞したり、時には衝突したりしながら、ひたすら駆ける姿に胸が熱くなってしまいます。
試合の緊張感など、臨場感タップリに味わえる作品です。
5、2008年受賞『ゴールデンスランバー』伊坂 幸太郎
首相暗殺犯の濡れ衣を着せられ、巨大な陰謀に包囲された青年、青柳雅治の逃亡劇の話です。
いきなり首相暗殺の犯人にされ、追われる青柳がマスメディアの闇や、何の罪も犯していない者を犯人に仕立て上げる大きな何か、しかしその一方で、巷の情報を信用せずに、逃走を助ける者たちもいたのです。
ここがポイント
監視下に置かれた社会の怖さ、個人の意見も正義もまかり通らない大きな陰謀に嵌められてしまったら、と考えるだけで、身の毛もよだつ恐ろしさを感じてしまいます。
仕込まれている伏線の細かさ、それを回収していく構成には、驚くばかりです。
強大な陰謀にたった一人で立ち向かいながらも、温かさの欠片が外堀を埋めていくのです。
ラストの落としどころも見事な作品です。
6、2009年受賞『告白』湊 かなえ
我が子を校内で亡くした女性教師が、終業式のホームルーム中に生徒の前で、死の背景を「告白」する話です。
学校で起こってしまった悲劇で、残忍な事件を発端として、その周りの人たちの心の闇や葛藤、本質が明らかになっていく様子はゾクッとして、恐怖心さえ覚えてしまいます。
ここがポイント
物語が進むにつれ、真実が明らかになっていく展開は、ミステリー小説なのですが、この作品の視点は謎解きではなく、悪意、疎外感、母と子の関係、正義感の暴走、他者から抜きん出たいという想いだったのではと思ってしまいます。
章ごとに変わる、語り手たちの憐れな告白、恐ろしすぎるくらい立派な復讐劇のイヤミス作品です。
7、2010年受賞『天地明察』冲方 丁
江戸時代、碁打ちである渋川春海(安井算哲)が、日本独自の暦を作るために全生涯を賭けた話です。
春海は碁を打ちながら、算術好きが高じて改暦という一大事業の中心人物となっていくのです。
道のりは決して平たんではなく、苦節23年、3度目のチャレンジで、改暦を実現させたのです。
ここがポイント
改暦に関わった男たちの熱量はまさに圧巻であり、天体と算術、それに囲碁に精通していた渋川春海にしか成し遂げれなかった偉業だったのです。
最初は頼りない青年であったであった春海が、名だたる協力者と共に、改暦事業を成し遂げていく清々しい作品です。
8、2011年受賞『謎解きはディナーのあとで』東川 篤哉
国立署の新米刑事であり、宝生グループの令嬢である宝生麗子が抱える事件の数々を、宝生家の執事である影山が話を聞いただけで、解決に導く安楽椅子探偵ミステリーです。
ここがポイント
6編からなる連作短編集であり、ユーモア小説のような趣ですが、ミステリーとしてもしっかりと練られているので、簡単には真相が分らない仕掛けが施してあります。
また、麗子の上司である風祭も富豪の御曹司であり、麗子と二人して、迷走推理をしてしまうのです。
風祭警部と麗子、麗子と執事の影山のユーモア溢れるやり取りは面白く、コメディと本格推理の両方が楽しめる作品です。
9、2012年受賞『舟を編む』三浦 しをん
「大渡海」という辞書を作成し、出版する過程に関わる人々の笑い合り、感動ありの話です。
読書時も重宝している辞書ですが、その一冊が世に出るまでに想像以上の年月がかかっていることに驚いてしまいます。
長く地道な作業を積み重ねるうちに、携わる顔ぶれも変わり、人生もすこしずつ変わっていきます。
ここがポイント
それでも携わっている人全てが、「大渡海」を完成させるために、自分にできることを精一杯やり遂げようとする熱意に胸が熱くなってしまいます。
辞書は言葉という大海原にくりだすべく舟であり、その舟を編んでいるのです。
辞書に対する思い入れのようなものが、伝わってくる作品です。
10、2013年受賞『海賊とよばれた男』上・下 百田 尚樹
戦後の石油業界において、数多降りかかる困難を不屈の精神と己の信念そして、国を愛する心で乗り越えた、国岡鐵造(モデル出光佐三)の話です。
60歳を超えた年齢で戦時下でここまで頑張り、ストイックにならないと勝ち抜けないものがあったのかも知れません。
日本のために我武者羅に努力を重ね、ただ家族や社員のことは本当に大切にしたからこそ、現在も石油業界で生き残っているのだと思います。
今、当たり前のようにある石油、ここまで自由に使えるようになるまで、こういった人たちの苦労があったからこそなのです。
ここがポイント
最後まで自分の意志を貫いた漢、国岡鐵造、心が震える作品です。
11、2014年受賞『村上海賊の娘』上・下 和田 竜
戦国時代、瀬戸内海にてその当時日本最大・最強の水軍と謳われた村上水軍の、能島村上の当主である村上武吉のただ一人の実娘とされる、景(きょう)が絡む話です。
歴史ものへの苦手意識を吹き飛ばし、知識欲を駆り立てる作品であり、織田と本願寺の戦いに加勢するか否かで悩み続ける毛利の姿も、印象的に描かれています。
上巻ではギリギリまで、決断を引き延ばす毛利に巻き込まれる海賊衆、それぞれの陣に合流するいくつもの家が、己の家を存続させるべく考えを巡らせていく面白さがあります。
決して一枚岩のような意志を持って戦っていたわけではないことも分かります。
怒涛の展開の下巻は、男より男らしい景の気性が、戦いに嵐を呼ぶ様にスカットしてしまいます。
ここがポイント
海賊と戦国武士の生き方の烈しさ、敵味方なのに、心を通わし合ったり、柔軟さもあり、物語が生き生きしている感があります。
胸が熱くなると同時に、切なさを感じる作品です。
12、2015年受賞『鹿の王』上(生き残った者)・下(還って行く者) 上橋 菜穂子
架空の世界を舞台に、ヴァンとホッサルとういうの2人の男を中心に、過酷な運命に立ち向かっていく人々の話です。
謎の病である黒狼熱の感染経路や、飛鹿や火馬が食べる地衣類が病を防ぐことなど、上巻で重要なテーマであった病に関する謎がある程度明らかになったところで、下巻では、故郷を追われて犬を使った復讐を企てる火馬の民と病による無差別な殺戮を防ごうとする、ヴァンやホッサルの活躍が描かれています。
ここがポイント
病を背負っても、生きたいと、もがく者を助けたいと願うホッサルと、病を抱いたままでも、生きていける場所へ駆けるヴァンの姿が、感動を誘います。
希望に満ちたラストが素敵な作品です。
13、2016年受賞『羊と鋼の森』宮下 奈都
高校を卒業するまで、山奥の小さな集落で過ごした少年が、高校卒業と同時に家を出て、都会で暮らし、ピアノ調律師として成長していく話です。
ピアノへの静かな熱意が溢れていて、森で育った少年がやがて青年になり、ピアノの調律師になり、先輩に教えてもらい、励ましてもらいながら、一人前の調律師を目指していきます。
ここがポイント
登場人物がみんな温かい心の持ち主であり、青年もまた素直なので、とてもほっこりしてしまいます。
主人公の青年、外村君が、自分でも気づかないうちに成長していく様が、とてもリアルに描かれている作品です。
14、2017年受賞『蜜蜂と遠雷』上・下 恩田 陸
国際ピアノコンクールに出場する4人の男女の成長、悩み、友情を描いた話です。
登場人物が多く、語り手が次々に入れ替わりますが、いろいろな立場で、コンクールに関わる人々それぞれの音楽に対する考え方、その背景にある人生までも描かれていて楽しめます。
ここがポイント
活字だけでたくさんの演奏をここまで堪能できる筆力には、恐れ入ってしまいます。
コンクールや音楽についての情報量も多く、登場人物それぞれの心情も良く掘り下げて表現されています。
聴きごたえがある、演奏会が終わったような余韻に浸れる作品です。
15、2018年受賞『かがみの孤城』辻村 深月
いじめなどで、学校へ行けない中学生、いわゆる不登校の生徒7人が、「かがみの孤城」と言われる城と現実の世界を行ったり来たりする話です。
主人公のこころが抱える苦しみ、学校、同級生、教師に両親そんな小さな世界こそが、子どもにとってみれば、今、生きている人生のすべてであり、そこで否定されることの辛さや歯がゆさが、明確に伝わってきます。
かがみの孤城は文字通り、鏡を通った先にある敵が来られない城と、自分と同じ境遇の人がいることで安心してしまうのでしょうか。
ここがポイント
傷つけるのも人ならば、救うのもまた人なのです。
全てが繋がる怒涛の結末とエピローグに、鳥肌が立つほど心が揺さぶられる作品に間違いありません。
16、2019年受賞『そして、バトンは渡された』瀬尾 まいこ
父親が3人、母親が2人、家族の形は7回変われども、家族に愛され成長してきた優子の話です。
それぞれの親と共に、優子が紡ぐ物語が、どれも温かくて日常にそっと生まれる愛を受けて、愛を返していく、そんな当たり前のように思えることが、大切なことなのだと改めて感じさせられます。
血が繋がっていようがいまいが、その子の親になろうと努力し、意識し、心が通じていれば、もう親子なのです。
子どもと一緒に生きていくことは、明日が二つになるのです。(とても素敵な言葉です。)
人にはそれぞれに幸せのあり方があり、その人なりの愛情があるのです。
ここがポイント
その愛のバトンを次の人に渡し、リレーのように繋がっていくのです。
心に沁みる、家族と親子の愛情の在り方を問う作品です。
17、2020年受賞『流浪の月』凪良 ゆう
少女誘拐事件の犯人として裁かれた佐伯文と、その事件被害者の家内更紗の話です。
更紗は勇気を出して真実を話すのですが、それはその相手から見た自分に対する「可哀想な被害者」としてのレッテルを貼られたものに変わってしまうのです。
ここがポイント
その過程を繰り返し行うことで、自己表現を諦めざるを得ない更紗の描写が痛いほど伝わってきます。
事件から15年、再会した2人に浴びせられる嘲笑と憶測、偏見で塗り固められた心配や嫉妬があるのです。
どれだけ言葉を尽くしても伝わらない苦しみに、心が抉られます。
愛ではないけれども、傍にいたいという文と更紗の想いが、とても尊く感じられるのです。
切ない物語ですが、人間の残酷な部分が分かる作品です。
18、2021年受賞『52ヘルツのクジラたち』町田 そのこ
不遇な家庭環境で育った女性、貴瑚(キナコ)が、やはり不遇な環境で育ったムシと呼ばれていた少年と出会い、人生を再生させていく話です。
親からの虐待を受け続け、救いようのないほどの不幸な人生を送ってきた貴瑚が、偶然出会った少年の心の叫びを懸命に聞き取ろうとする姿が、心に突き刺さります。
見せかけの善意を押し付けるのではなくて、人の心に寄り添うことが、とても大切なのです。
他のクジラが聞き取れない高い周波数で哭く「52ヘルツのクジラ」は、たくさんの仲間がいる筈なのに、その声が届かないのです。
しかし、目を背けたくなる現実の中にも、叫びのSOSを感じ取ってくれる人がいるのです。
救いが新たな救いを紡いでいく、連鎖に感動してしまう作品です。
まとめ
本屋大賞18作品のご紹介はお楽しみ頂けましたでしょうか。
その時代の背景を反映している作品は、楽しんでいただけたと思います。
まだ読んでいない作品がありましたら、あなたも審査員になったつもりで、是非この機会に読んでみて下さい。