ジャンル、テーマを横断し続ける、平野啓一郎氏のおすすめの作品10選をご紹介させていただきます。
大学在学中の21歳の時に一年を費やし、デビュー作となる「日蝕」という作品を書き上げ、1999年に同作品で第120回の芥川賞を当時最年少の23歳で受賞します。
同年に「一月物語」という作品を発表し、2002年には「葬送」を刊行し、「日蝕」、「一月物語」と合わせて、ロマンティック三部作と呼ばれています。
平野啓一郎おすすめ10選をご紹介~脳内オーディションにて描写~
作品を創作するうえでは、何よりも登場人物の設定が重要であり、何も考えていない人物像にしてしまうと、重要な局面で、シリアスなことが考えきれないそうです。
だから小説を執筆する時は脳内オーディションをして、書こうとしている物語を上手く整理して、重要な局面で深みのある、問いかけを発しても、違和感がないキャラクターを考えているそうです。
そんな平野啓一郎氏のおすすめの作品10選をご紹介いたしますので、お楽しみください。
1、『日蝕』
神に仕える身でありながら、その威光を使って、享楽的な生活を貪る者たちの話です。
そんな人々が支配する中で、密かに新たな神を創造しようと試みる錬金術師。
そして、両性具有者を魔女として捕縛し、火炙りの刑に処すと、日蝕がおこり、巨人たちが現れるのです。
キリスト教の一信教故の排他性と神が創造した世界の全てに意味を見出そうとする息苦しさが描かれています。
ここがポイント
中世ヨーロッパの敬虔な神学研究者の奇妙な体験であり、同時に奇妙な世界へ引き込まれてしまうような感覚になってしまいます。
擬古的文体を駆使した、平野氏の世界観が伺える作品です。
2、『葬送』
音楽家のショパンと、画家のドラクロワを中心に19世紀半ばの二月革命後のフランスを舞台にした話です。
ナポレオン帝政以降、王政から民主化していくフランスの歴史を学べると共に、二人の芸術家のプライベートでの苦労も知ることができます。
ここがポイント
また特に注目すべきは、登場人物の多面体の部分、つまり一見すると矛盾して見える行動をそれぞれ書き分けて、それでいながら、小説全体がきちんと整合性を保っているのです。
平野氏の観察眼はかなり鋭く、眼の端に写った小さなものでも、決して見逃さないのです。
徐々に衰退して、死の淵へ向かっていくショパンを大げさに荘厳するでもなく、かといって貶めるでもなく、淡々と描いている様は怖いほど迫力があります。
芸術を文章で表現している素晴らしい作品です。
3、『文明の憂鬱』
平野氏が若干25歳にして、「VOICE」の連載を引き受けて、挑んだ初エッセイ2年分、全49編です。
雑誌社の編集部から送られてくる当時の写真から気になったものを平野氏が直観的に選び、思うがままのことを書くというスタイルであったようです。
平野氏の眼の付けどころや、考え方の切り口が凡人のそれと全く異なり、同じものを見ても、感じるもののアウトプットの仕方が違うのだろうと思ってしまいます。
ここがポイント
要らない情報をしっかりと無視して、必要な情報のみを手に入れないと、ずれてきている現代社会の無駄な情報に左右されてしまうのです。
現代という時空に身を置きながら、それとの距離をとる視点は、形而上的な作風にまさしく反映しているのです。
4、『決壊』上・下
個人がどのような人間であるのかと言うこと自体が、社会そのものの関りとしてしか示し得ないという、現代社会における個人と社会のあり方を示した話です。
弟のバラバラ死体が発見され、犯人として屈折した世界観を持った兄である崇が浮上します。
そしてその話と同時に展開するのが、いじめられっ子の中学生である友哉の異常なまでの言動と復讐劇。
その友哉の前に現れたのが、あるサイトを通して知り合った、悪魔のような男だったのです。
ここがポイント
全く接点のなかった二つの事象が、ある怖ろしい関係に発展していくのです。
読み手に一瞬たりとも、気を抜くことを許さないような緊張感に満ちた作品です。
5、『ドーン』
宇宙空間という想像を絶する極限状態の中で、起きてしまった、語ってはいけない事件が、アメリカの大統領選挙に影響する大きな陰謀へと繋がっていく話です。
人と人との関係性の難しさや、近未来の情報社会、さらには戦争やテロリズムに対しての深い考察は単なる小説の枠を突き抜けて、地球に生きる人間としての生き方を大きくと問いかけているのです。
ここがポイント
まさしく膨大な情報量は多くの恩恵を与えてはくれますが、過剰な情報社会は個人を分人格させて、ストレスで疲弊させてしまっているのです。
フィクションとは思えない、まるでドキュメンタリーを読んだような気分になる作品です。
6、『かたちだけの愛』
事故に遭い、足を切断した女優の義足を作ることになったデザイナーが、彼女への恋を通して、愛とは何かを考え、彼女との関係や過去の葛藤を乗り越えていく話です。
愛とは何かという問いに明白な答えを出せずにいたプロダクトデザイナーの相良郁哉は、事故で左足を失くした女優の叶世久美子を愛することで、その答えを見つけるのです。
ここがポイント
相手といる時の自分が一番好きになれるという事と、相手もまた自分といる時に一番輝いてほしいと思う事なのです。
平野氏が恋愛小説を描くと、さりげなくお洒落で、美しくて、品があり、愛と恋の核心に迫る作品になります。
7、『透明な迷宮』
独特な世界観に包まれた不思議な6編からなる短編集です。
ここがポイント
突飛であったり、奇怪であったりと不穏さを感じさせられますが、その中には奇妙なリアリズムを含んでいるのです。
ひんやりとした空気をまとう話もあれば、妙に生々しい独自の話もあったりして、人の心のノーマルすれすれの部分をあえて行ったり来たりしている感があります。
不可思議で虚構色の強い物語はどれも印象深く魅力的であり、通底するテーマは人間の認識の曖昧さとでも言えそうで、読者を認識の迷宮へと誘う作品です。
8、『マチネの終わりに』
パリ、ニューヨークそして日本を舞台にした、天才ギタリストと国際ジャーナリストの美しくも切ない大人の純愛の話です。
人は生きることと引き換えに、様々な物事に耐え忍んでいるのです。
音楽だけの話だけでなく、世界情勢、歴史なども踏まえて、生きることの辛さが文章から伝わってきます。
ここがポイント
人が行う数えきれないほどの選択は、過去も現在も未来も全て変えてしまう事だってあるのです。
答えが欲しくて、自らの選択を認めたくて過去を顧みても、その一つひとつの選択の正誤は誰にも決めることができなく、一生分からないままなのです。
映画化もされている、いつまでもこの世界に浸っていたい、絵画のような作品です。
9、『ある男』
ある日突然、夫、大祐が事故で命を落とし、悲しみに打ちひしがれた妻、里枝に、大祐が全くの別人であったという事実が判明してしまう話です。
戸籍を交換して、他人の人生を生きる話であり、それが違法であるとかそういう話ではなく、人は生まれ育った環境で、人生が決まってしまうという、いわゆる偏見や差別について、改めて考えさせられます。
ここがポイント
自分を自分たらしめる者は何なのか、過去の経験や記憶は個人特有のものですが、それだけが個人の存在を立証するのではなく、他者との関わりの中で生まれた歳月を共有できて、初めて自分の人生といえるのです。
ミステリーのようで哲学的でもあり、静かに深くしみじみと考えさせられる不思議な作品です。
10、『「カッコいい」とは何か』
カッコいいの由来や定義を世界史的要素を組み合わせながら、これでもかと掘り下げた話です。
個人の生き方の指針たるカッコよさを巡って、社会と個人の関係を考えさせられます。
不意を突かれるような指摘の数々と、漠然とした心の領域に言葉や論理が入り込んで、整えられていくのです。
ここがポイント
カッコいいについて考えることは、いかに生きるべきかを考えることと同じであるのです。
こういう文章を書ける平野氏のカッコよさにしびれてしまいます。
まとめ
平野啓一郎氏の作品はお楽しみいただけましたでしょうか。
まだ読んでいない作品がありましたら、是非この機会に読んでみて下さい。
平野ワールドを堪能して下さい。