今を生きる大人を描く、乙川優三郎氏のおすすめの作品8選をご紹介させていただきます。
高校卒業後、ホテル・観光業の専門学校に入り、卒業後、国内外のホテルに勤務しています。
そしてその頃、酔った勢いで書いた作品が、文学賞の最終選考に残ったため、小説を書き始めたという逸話があります。
1997年に「霧の橋」という作品で小説家デビューを果しています。
乙川優三郎おすすめ8選をご紹介~小説の原点に立ち返る描写~
2001年に山本周五郎賞を「五年の梅」という作品で受賞し、翌2002年には直木賞を「生きる」で受賞しています。
乙川氏は時代小説の名手ですが、ここ最近は現代小説を執筆しています。
現代小説は時代小説程、考証に時間をあまりとられなくて、会話の制約もない代わりに、出来るだけきちんとした、いい言葉を使いたいと思っているそうです。
また自分が文章にする作品は、悲しみや苦しみのないものを書こうとは思わないそうです。
苦しみからのハッピーエンドはいいけれど、楽しむためだけの話は書かず、いつも苦しみからスタートして考えているとのことです。
そんな乙川優三郎氏のおすすめの作品8選をご紹介いたしますので、お楽しみください。
1、『霧の橋』
武士を捨てた主人公の惣兵衛が、商家の婿になり、大店の陰謀や父親の仇の出現を契機に武士魂が蘇る話です。
商人になった紅屋惣兵衛は、優しい年下の妻である、いとと信頼できる奉公人たちに囲まれて商いに精進していました。
とそこに、大店からの買収という陰謀、いとに横恋慕を募らす男の存在、更に亡くなった父の本当の仇討相手の出現により、惣兵衛の中に潜めていた武士魂が姿を現してくるのです。
ここがポイント
親子の絆の話から始まり、夫婦の機微を絡めて綴られる男の物語であり、最善とは何か、筋を通すとは何かを考えさせられ、望ましい生き方を教えてくれているようです。
人々の人情味や絆の温かさが、感じられる作品です。
2、『椿山』
生きる事への執着心を描いた4編からなる短編集です。
理屈では言い表せない人間の感情の移り変わりが、丁寧に描かれています。
自分の力ではどうしようもできなくなった環境で、生きていく主人公たち、そしてそれを見守るように文字で紡がれる彼らの生き方。
ここがポイント
全て胸が痛む話であり、自分が悪さをして陥った苦しみではないのに、必死にもがいても逃れられない辛さがあるのです。
たとえ不公平だと思えるような事柄ばかり重なってしまう人生であっても、その人生でしか、生きられないのだとしみじみと思ってしまいます。
人の弱さと、生きる強さを感じる作品です。
3、『屋烏』
江戸後期の地方藩士たちの人間模様を濃密に描いた5編からなる短編集です。
逃れられない武家の宿命、果さざるを得ない役目、家柄や身分に縛られて思うように生きられない、武士の辛さがあるのです。
ここがポイント
不遇の立場、窮屈な暮らしの中でも、己の矜持を見失うことなく、懸命に生きていく姿に胸が打たれます。
時代小説ですが、現代の我々にも、十分に通じる生き方を示唆してくれているように思います。
人を想う温かな空気が漂ってくる作品です。
4、『五年の梅』
人生に追われる市井の人々の転機を、鮮やかに描いた5編からなる短編集です。
まさしく生活に追われるというよりも、人生に追われているような人たちが描かれています。
甲斐性なしの男に耐え忍ぶ女、器用に生きられず苦労が絶えない者たちに、手を差し伸べているかのような筆致に心が救われます。
暗闇の中へ射し込む一筋の仄かな光にそっと安堵し、かすかな希望を取り戻していけるのです。
ここがポイント
誰にでもやり直す機会は訪れ、心持を変えていけば、何度でも生きなおすことができるのです。
少しくらい回り道をしても、きっと目的地には辿りつけると思わせてくれる作品です。
5、『生きる』
人間にとって大切な矜持を改めて教えてくれる、3編からなる中編集です。
武士としての矜持を喪うことなく、真直ぐに生きようとする不器用な男たちと、どんな境遇にも屈することなく、明るく前向きに生きようとする女たちが描かれています。
三作品とも決して明るい話ではありませんが、その中に一筋の光明や陽だまりの温かさを感じられるラストが、用意されているからこそ安堵できるのです。
順風満帆の人生を送る人など、この時代には一握りに過ぎなく、多くの人には紆余曲折があり、苦労を重ねて生きていたのです。
ここがポイント
信念を貫いて生き抜いた人々の強さと美しさに、乾杯したくなる作品です。
6、『武家用心集』
武家としての心の有り様を描いた8編からなる短編集です。
主人公が人生の困難に直面した時に、迷いながらも心に恥じない道を選び、歩く決心をしていくのです。
ここがポイント
人を信じられることは幸せであり、心を許すと安らぎが得られ、信じられなくなったら、人間はおしまいなのです。
繊細な言葉と静かな筆致、淡々としていても、それでもどこか優しさを感じる文章に引き込まれてしまいます。
信じることの大切さを教えてくれる作品です。
7、『25年後の読書』
エッセイストから書評家に転じた中川響子が、業界の馴れ合いや虚飾を排して、小説に向き合いそして、小説への信頼を取り戻していくまでの話です。
人生のターニングポイントを迎えた女性の心身の揺れを、鮮やかに描き出しています。
書評家である女性の主人公とその恋人である小説家の物語を軸に、カクテルや海外への旅が彩を添えています。
ここがポイント
一見華やかな舞台背景でありながら、物語の奥行はかなり深く、文章や交わされる文学論はかなり読み応えがあります。
研ぎ澄まされた言葉、流麗な文体にいつもながらに、酔わされてしまう作品です。
8、『この地上において私たちを満足させるもの』
貧しい幼少期を過ごしながらも、実直に生きた作家の人生が描かれた10編からなる連作短編集です。
夫に先立たれた母親に起きた心を乱す事件、兄との仲たがい、様々な国を跨ぐ海外生活など、彼にとっては、穏やかとは言えない人生だったのです。
彼の作家としての若き日の放浪の日々の回想と、老齢に達した現在とが交互に展開されていく様は単に郷愁を誘うだけでなく、現在の彼にリンクしているのです。
ここがポイント
一つひとつの出来事が、心に極上の余韻を残す作品です。
まとめ
乙川優三郎氏の作品はいかがでしたでしょうか。
まさしく小説の原点に立ち返る描写が生かされている作品を、ご堪能いただけたかと思います。
まだ読んでいない作品がありましたら、是非この機会に読んでみて下さい。
読書の楽しさがひろがりますよ。