歴史小説の名手として人気のある、伊東潤氏のおすすめ作品10選をご紹介させていただきます。
大学卒業後、外資系企業に長らく勤務後、文筆業に転じて、歴史小説や歴史を題材とした作品を発表しています。
2007年に初の単行本である「武田家滅亡」が発売されます。
2012年には「国を蹴った男」で第34回吉川英治文学新人賞を受賞しています。
伊東潤おすすめ作品10選をご紹介~人物を丹念に描写する~
伊東氏が歴史を好きになったキッカケというのが、吉川英治作品であり、小学6年生の時にテレビで見た大河ドラマの「新平家物語」でハマったそうです。
基本的に歴史小説は、史実を追わねばならないと思っていて、小さなものだから、ないがしろにして、史実を曲げてしまうと後で手痛いしっぺ返しを食らうそうです。
それだけ歴史というものに畏敬の念を持って接し、資料を読み込み、現地を綿密に取材し、そこで初めて自分の解釈を物語の中へ埋め込んでいく手法を取っているとのことです。
歴史に詳しい人も、詳しくない人も、同じ位に楽しめる作品を執筆することが伊東氏にとっては、理想なのだそうです。
そんな伊東潤氏のおすすめの作品10選をご紹介させていただきますので、お楽しみ下さい。
1、『国を蹴った男』
戦国時代の権力者に翻弄されつつも、自分を貫く男たちを描いた6編からなる短編集です。
各人物の「ゆずれないもの」がテーマになっていて、どの話も主人公はいわゆるメジャーな歴史上の人物というわけではなく、そういった大物たちに翻弄され、そして抗うマイナーな人物たちなのです。
ここがポイント
各主人公たちには、決して曲げることの出来ない何かがあり、たとえそれが強大な人物が相手であっても、決してゆずることはなかったのです。
敗者側の歴史には味わいがあるのですが、どうしても勝てば官軍で、勝者を美化した歴史に慣らされていると感じてしまいます。
敗者側の方にこそ、義を貫いた人間がいて、勝者側は権謀術数に長けていて、義理を欠いたものが多いのではと思ってしまいます。
戦国の世界の奥深さを感じることができる作品です。
2、『巨鯨の海』
江戸末期から明治にかけて、鯨と海に命を賭けた全6編からなる、男たちの話です。
紀伊半島の漁村、太地は鯨組という古式漁法を江戸時代から、明治の初めまで行ってきた地域なのです。
村をあげて船団を組んで、小山の如く鯨に挑む様々な人々の姿を描いています。
或る時は命を賭して向かい、鯨に勝ち、またある者はそのことを殺戮と捉え、太地から離れようとしたのです。
時代が進むにつれ、欧米の捕鯨船により、古式漁法が立ち行かなくなり、最後には多くの遭難という悲劇を生み出してしまうのです。
ここがポイント
そんな彼らに畏敬の念を抱きつつ、捕鯨という壮絶な命のやり取りを選んだ猛々しさは、とても美しく見えます。
全話に感動と切なさが残る作品です。
3、『峠越え』
弱小大名の頃から、本能寺の変の後の伊賀越えまでを、回想を交えながら描かれる徳川家康の話です。
桶狭間の戦い、築山殿事件、三方ヶ原の戦い等、人生の岐路で過酷な選択に迫られた家康の姿があります。
そこには後の天下人のイメージなど微塵もなく、むしろ気弱な中間管理職のような悲哀を感じてしまいます。
ここがポイント
そして本能寺の変後の信長の死後、命を狙われていた徳川家康は「凡庸」であったがゆえ、生き延びることができたのです。
他の史実では伝えられていなかった、いくつもの峠越えの中、命を狙われても、逃げ切れたのです。
今までとは違った意味での、歴史の味わい方ができる作品です。
4、『天地雷同』
武田信玄の死から長篠の戦いまでを、勝頼、家康、秀吉、帯刀ら4人の視点で描いた群像劇です。
勝頼は信玄の遺産である宿老たちを、掌握することができなくて苛立ち、家康は武田の圧力に対抗するため信長との同盟に神経をすり減らし、そして信長は戦略を実現するために、知恵を振り絞り奔走するのです。
「鉄砲の三段撃ち」は武田軍が突撃してこなければ、成り立たないのに、何故勝頼は敢えてそうしたのかが疑問です。
ここがポイント
そして、歴史に名を残す武将たちに振り回されて、戦いたくもないのに戦場に駆り出される帯刀の想いは心に沁みます。
壮絶な長篠の戦いが堪能できる作品です。
5、『池田屋乱刃』
幕末の池田屋事件、その場にいた攘夷の志士たち5人を主人公に、そこに至るまで、どのように生き、どのように散ったかを描いた5編からなる短編集です。
新選組が討幕派と激しくぶつかった池田屋事件を、珍しく倒幕志士の側から描いています。
五話をそれぞれ別の人物で描き、最後の話は桂小五郎の述懐を持って締めています。
ここがポイント
夢を見る若者、死に場所を探す年長者、志士に触れ感染する門外漢といったキャラクターが、幕末という一種魔界のような時代でどうしたのかが、ありありと描かれているのです。
奥深い歴史の捉え方に感心してしまう作品です。
6、『天下人の茶』
侘びの世界、茶の湯と政治、秀吉と利休やそれを取り巻く人たちの関係が、幾重にも重なって織りなす話です。
時代は戦国の世であり、信長が明智光秀に討たれた後、秀吉が天下人となり、そして崇拝する、茶の湯の名人、千利休がいたのです。
利休は何を思って秀吉に進言していたのか、どこまでが本心でどこまでが策略だったのでしょうか。
明智を動かしたのは何だったのか、利休は何故切腹に追い込まれたのかなど、利休の話術にかかると、そうだったのかもしれないと思ってしまいます。
ここがポイント
心理戦の多い戦国時代の話は、本当に楽しめます。
7、『江戸を造った男』
決して私利私欲に走らず、世の為人の為に、数々の難事業をやり遂げた河村瑞賢の生き様を描いた話です。
裸一貫から、知恵と度胸で、材木商になり、成功するも、世の為人の為に、その生涯を治水工事や銀山採掘を命がけでやりぬいたのです。
困難、無理であっても、突破口を見出す瑞賢の諦めない強さや統率力、交渉力など、こんな傑出した人物がいたことに驚いてしまいます。
ここがポイント
身分制度の厳しい時代にあって、一介の商人が将軍との謁見や武士に取り立てとは、彼の功績を評価できる幕閣も捨てたもんではなかったのです。
人を動かすとはどういうことかを、教えてくれる作品です。
8、『西郷の首』
幕末から明治維新へと大きく変貌を遂げる中で、加賀藩の足軽である2名の若者が、歴史上に大きな足跡を残した話です。
2名の若者である、島田一郎と千田文次郎は無二の親友であり、やがて2人の道は違え、軍人となった文次郎は西郷の首を発見することになるのです。
また一方の一郎は大久保利通暗殺を企て、良き時代の到来を託すことになるのです。
ここがポイント
道は違えども、そんな2人の熱い友情と生き様、そして国への想いに胸が熱くなってしまいます。
どう生きるのか、何に命を賭けるのか、真剣に考えて道を選んでいく若者達の姿に胸を打たれる作品です。
9、『茶聖』
千利休が茶頭として秀吉に仕え、茶の湯の力を使い、世の中の静謐を願う話です。
利休は秀吉の傍らにいた文化人という印象が強く、政治に対しても積極的に行動を為していたようには、見えなかったのですが、本作を読む限りでは、印象はガラリと変わります。
政治の静謐を求め、茶の湯を政治に取り込み、孤独に奮闘したという利休像が本作からは強く伝わってきます。
諸説ある利休の死についても、違和感なく描かれているので、納得してしまいます。
ここがポイント
武力により世の中を安定させるか、茶により世の中を安定させるか、利休と秀吉の水面下でのせめぎ合いが、本作の面白味を増しています。
あたかも安土・桃山時代に、タイムスリップしたような気分に浸れる作品です。
10、『囚われの山』
世界登山史上最大級の犠牲者を出した、八甲田雪中行軍遭難事件の消えた兵士の謎に、歴史雑誌編集者である男が挑んでいく登山ミステリーです。
壮絶な雪山での遭難と、悲惨さが描写されていて、同時に「犠牲者の数が一人足りない」という謎に迫っていきます。
この件の取材を任された、編集者の菅原は現地での行軍時の服装規定と死者数の相違という矛盾を発見してしまうのです。
ここがポイント
やはり当時の軍部が守りたかったものとは、人間ではなくて、日本という国だったのです。
まるで、雪山の寒さに震えながら、読んでいるような錯覚を覚える程、心を凍らせる作品です。
まとめ
伊東潤氏の作品のご紹介は、お楽しみ頂けましたでしょうか。
歴史小説が苦手な方も、この機会に是非読んでみて下さい。
今までの概念が変わってしまうほど、かなり楽しめると思います。